狭い地球にゃ未練は無いさ

[movie]妖星ゴラス ★★★★★
 文句なしの満点。コメントについてはここを読んで頂くとして、改めて思ったことを書かせて頂く。
 本作の評価の肝となっているものに「怪獣マグマ」の存在がある。中盤から後半に入りかけたところで南極基地にダメージを与える巨大生物であり、こいつのおかげで遅れがどうやっても2日分は出てしまうため、まさにギリギリの緊迫感を生むための要素……といいたいところだが、やはりガチガチのSFに怪獣が出てくるということに違和感を感じる人も多く、それ以前にマグマ登場については何の付箋も貼られていないという点が、本作の最大の弱点となっている。
 だが、私自身の中では余り気に留めるようなシーンではなく、マイナス評価もしない。木村武による決定稿では、怪獣マグマはセイウチではなく恐竜のような生物であり、園田博士(志村喬)の「これは間違いなく爬虫類の血液だな」という台詞はその名残なのである。そして木村氏、そして監督の本多猪四郎は、この映画に怪獣を出すことには最後まで反対していた。だがやはりクライマックスの前にワンパンチを加えてサスペンスを出したいという、おそらくは製作サイドからの意向だと推測されるが、結局は怪獣を出すことになった。だが、脚本の段階では恐竜となっていたのをセイウチ型にさせたのは、実は本多の意向なのだ。「南極という場所からすると、ああいう形の方がいいのではないか」という理由で。
 これが何を意味するかお分かりだろうか? 本多は、妖星ゴラスから逃げるために地球を動かしただけでなく怪獣まで出てきたこのトンでもない「世界感」を、如何にそれらしくするかということに最後まで尽力したのだ。その一端が分かるのがマグマ発見後のシーンだ。飛行機からレーザー光線をお見舞いし、ぐったりとなるマグマ。その生死を確認するために、池部良上原謙、そして志村喬の3人(今から思うと何とも贅沢な配役!全員主役級だ!)が近付く。だがマグマはまだ生きていた!その時、志村喬演ずる生物学者は、その姿をもっと確認したいと、脇の二人が止めるのも聴かずにさらに近づこうと必至にもがくのだ。この前に志村喬は「殺してしまうのは惜しいね、せめて骨だけでも持って帰りたい」と呟き、池部良にたしなめられている。
 さて、このシーンの前まで、志村喬はどういう存在であったか? 志村喬は、妖星ゴラス地球接近に伴う人々の顛末を脇で見守り続ける、という重要な役を演じている。本作のヒロインの一人・白川由美の祖父役であり、上原謙の旧友でもある。父親を亡くした孫二人を慰め、時として旧友の心の拠り所となり、地球の行く末を巡って相対し始めてしまった二人の科学者を仲裁する。だが、彼が生物学者であるという設定を伺わせるものは、微塵も出てこない。
 もうお分かりであろう。本多は、怪獣マグマの出現を逆に利用し、志村喬がなぜこの映画に登場したかをさらに明確にするどころか、傍観者になりかけていたこの園田博士というキャラクターを、南極計画に携わせるという大胆不敵な展開を作り上げたのだ。木村武の決定稿で、マグマにとどめを刺す飛行機に乗っていたのは池部と上原だけだった。ところが本編では、そこに志村喬まで乗せたうえに、先に挙げたシーンまでこしらえた。ここまでしたのは誰の意向でもない、本多の意思なのである。
 ある方が、旧友同士の黒澤明本多猪四郎をこう評した。「二人に“飯を作れ”と言うと、黒澤は食べきれない量の豪華な飯を用意する。本多は綺麗に重箱に詰めてくる。」
 「あれ、このお重は隙間があるじゃないか」「え、君には隙間に見えるのか、俺にはちゃんと詰まっているように見えるよ」
 さあ、これでもマグマが本作の傷と言い切れるか?